大地を食べる女神
神話のなかのハワイは、八百万(やおよろず)の神の日本神道とやや似ていて、自然現象や動物に神々や精霊が宿る多神教世界である。四大神であるカーネ(Kāne)、クー(Kū)、ロノ(Lono)、カナロア(Kanaloa)を筆頭に様々な神がいるが、なかでも特に知名度が高いのが、火山の女神ペレ(Pele)である。
ハワイのすべての火山活動は、彼女の感情表現であるとされている。ペレアイホヌア(Peleʻaihonua。大地を食べるペレ)という別名が示す通り、彼女がひとたび怒れば、地面はうなりをあげ、火口は荒れ狂うように火を噴き、無限に流れ出る溶岩はたちまち町や村を飲み込んでしまう。衝動的に機嫌が変わり、大地の破壊も創造も行うペレは、予測不能、まさに火山性の神である。
伝説のなかのペレ像
ペレには多くの伝説や民話があるが、よくみられる共通点として、美男子好きで惚れやすく、嫉妬深く、負けず嫌いで、自己中心的で、怒ると情けも容赦もなくなり、しかも絶世の美人であることなどが挙げられる。なんとも人間味に溢れた神でもあるのだ。古代よりハワイの人々は、ペレに畏怖の念を抱きつつも、最大の敬意と信仰心をもって暮らしてきた。
ハーブ・カワイヌイ・カーネ(Herb Kawainui Kāne)の著作『Pele: Goddess of Hawaiʻi’s Volcanos』(1987年)によると、ペレはときには若い長身の美人であり、またあるときには腰の曲がったしわだらけの老婆として現れ、ときに白い犬を連れていることもあるという。怒ったときには体が燃えあがり、ときには完全な炎の姿にもなる。マーサ・ウォーレン・ベックウィズ(Martha Warren Beckwith)の『Hawaiian Mythology』(1970年)には、崖のように真っすぐ伸びた背中と月のようにふくらんだ胸のたいへん美しい女性だという記述もある。
ハワイに移住してきたペレ
ペレは、初めからハワイにいたわけではない。神々の故国からカヌーではるばるハワイにやってきたとされている。ペレの物語には幾つかのバージョンがあるが、以下、大部分を上記の『Pele: Goddess of Hawaiʻi’s Volcanos』とリンダ・チン(Linda Ching)の『Hawaiian Goddesses』(2001年)による。
ペレは、神々の故国で生まれた。母のハウメア(Haumea)は地母神であり実りの女神、父のワーケア(Wākea)は空を支配していた。
ペレは、きょうだいたちと一緒に、兄のカーモホアリイ (Kāmohoaliʻi、鮫の神) のカヌーに乗って故国を旅立った。一説では、ペレが、姉のナーマカオカハイ(NāmakaoKahaʻi、海の女神)の夫を誘惑したために、姉の怒りをかい、故国を追われたとも云われている。
ペレたちは、まずハワイ群島の北の小さな砂州にたどり着いた。ペレは、彼女の尊い火を守るために深い穴(クレーター)を掘らなければならないが、その砂州はあまりにも小さすぎた。そのため彼女らは、ニイハウ島、カウアイ島と、住む場所を探して穴を掘りながら島々を南東に移っていった。
しかし、せっかくペレが住むのに適した土地をみつけて穴を掘っても、ペレを追いかけてきた怒れる姉——水の女神ナーマカオカハイ——が、大洪水を起こして穴を水浸しにしてしまう。ペレはやむなくカウアイ島からオアフ島、そしてマウイ島へと、南東の島々に移動していくことになる。
カウアイ島のような比較的古い北西の島のクレーターの多くは現在沼地になっているが、その理由を伝説では上のように説明していることになる。また、ペレの南東へ移動は、プレート移動にともなうハワイ諸島の誕生と火山活動の過程と一致している。 カウアイ島、オアフ島、マウイ島の3島を例にすると、それぞれが火山活動によって西からカウアイ、オアフ、マウイの順で誕生した。マウイ島の南東にはさらに新しいハワイ島——現在のペレの住処——があり、こちらは今も活発な火山活動が続いている。ハワイ島のさらに南東には、約一万年後に新しく島になるであろう海底火山ローイヒ(Lōʻihi)がある。以上は余談。
ペレは、オアフ島で現在のパンチ・ボウル(プーオワイナ、Pūowaina)やダイヤモンド・ヘッド(ラエアヒ、Laeʻahi)などのクレーターを掘ったが、いずれも海から近すぎて、火をナーマカオカハイの水から守ることができなかった。
姉との決着
オアフ島の次に、ペレはマウイ島のハレアカラー(Haleakalā)に目をつけたが、このときついに姉ナーマカオカハイは、ペレと決着する決意をした。これを知った兄カーモホアリイは、ペレに助太刀することを申し入れた。しかしペレは、これは自分と姉との戦いであるといい、兄の申し入れを断った。ペレは、あくまでも姉と一対一で勝負をしようとした。
しかし、ナーマカオカハイにそのような自尊心はなかった。ただ憎き妹がいなくなるだけでよかった。ナーマカオカハイは、ハウイ(Haui)という海蛇を同盟者として連れて現れた。ただでさえナーマカオカハイ(水)はペレ(火)よりも本質的に強い。そのうえ海蛇まで敵にまわすとなると、ペレに勝ち目はなかった。ペレは、マウイ島ハーナ(Hāna)の近くで、姉によってバラバラに引き裂かれてしまった。 戦いが行われた丘は、カイヴィオペレ (KaiwioPele、ペレの骨) と名付けられ、ペレの肉体はそこに眠っているとされている。
神となったペレ
肉体から精霊は解き放たれ、ペレはいよいよ神となった。ペレは、まずハレアカラーに鎮座した。しかし、ハレアカラーは、ペレが自身を温め続けるには巨大でありすぎた。そこでペレは、家族を集め、ハワイ諸島の東の端であるハワイ島のキーラウエア(Kīlauea)に移動した。これが最後のチャンスだ。ペレはその地で、エレパイオという森の小鳥のさえずりを聞いた。吉兆を感じた。予感の通り、キーラウエアは、ペレにとって理想的な大きさと場所だった。長い旅の末、ついに安住の地に辿り着いた。
ペレは現在、キーラウエア・カルデラのハレマウマウ・クレーター(Halemaʻumaʻu Crator)に住んでいるとされている。キーラウエアが、今日世界でもっとも活発な活火山であるのも納得だ。
ペレに捧げられた植物
キーラウエア付近にもたくさん自生するオーヘロ(ツツジ科)は、ペレに捧げられる神聖な植物とされている。昔のハワイ人は、オーヘロの果実を食べる前には必ずペレに果実を奉納し、祈りをささげてから食べていたという。
『ハワイ島の木』であるオーヒア・レフア(フトモモ科)も、ペレとの関わりが深い。オーヒア・レフアとペレの伝説については、私が制作している姉妹サイト、アヌヘア:ハワイの花・植物・野鳥図鑑の「オーヒア・レフア」のページに詳しく書いたので興味がある方はご覧いただきたい。
フラの守護神
ペレには、踊り(フラ)を司る神としての一面もある。ペレと、その最愛の妹ヒイアカ(Hiʻiaka)、そして同じくペレの妹であるラカ(Laka、愛と富の女神、フラの女神)の三柱は、フラの至高の守護神であり、フラのメレ(歌)やチャントには、これらの神々に捧げるものが多数ある。
写真はすべて筆者による撮影
参考文献
- Martha Beckwith『Hawaiian Mythology』University of Hawaiʻi Press(1970年)
- Linda Ching『Hawaiian Goddesses』Hawaiian Goddesses Publishing Co.(2001年)
- Herb Kawainui Kane『Pele: Goddess of Hawaiʻi’s Volcanos』Kawainui Press(1987年)