絶海の孤島ハワイ
太平洋の中央に浮かぶハワイ諸島は、最も近い大陸である北アメリカ大陸から3,800kmも離れている。諸島として最も近いマルキーズ諸島でさえ3,900km離れていて、タヒチ島があるソシエテ諸島からは4,400km、フィジーからは5,100km、東京からは6,200kmも離れている【図1】。ハワイは、群島としては地球上で最も孤立した、まさに絶海の孤島なのである。この隔絶が、ハワイに唯一無二の植物相をもたらした。
ハワイの在来植物の先祖たち
ハワイの在来植物には、約1,160種の顕花植物(花を咲かせる植物)とシダ植物がある。そのうち、顕花植物の90%、シダ植物の75%がハワイのみに分布する固有種である。この固有種の比率は、世界のどの地域よりも高い。
在来植物のうち顕花植物は約1,000種だが、それらのすべては、数千年前、もしかしたら数百万年前にハワイにたどり着いて定着した約270種の植物から派生したとされている。270という数は、ハワイが地球上で最も隔絶した島々であることを思うと多いように感じるかもしれない。しかし、約500万年に誕生したカウアイ島を例にして大雑把に計算すると、ひとつの植物が定着する頻度は、1万8,500年に一度ということになる。北西ハワイ諸島でもっとも古いクレ環礁の誕生を3,000万年前として計算するならば、なんと約11万年に一度ということになる。人間の時間感覚では、もはや奇跡の270種と言っていいだろう。ハワイにたどり着いたとしても、ほとんどの場合はハワイの気候や環境がその種が生育に適していないために定着できなかったに違いない。
ハワイの在来種の祖先の多くは、インド太平洋からやってきたと考えられている。不思議なことに、ハワイに最も近いアメリカ大陸からやってきたとされる植物は全体の18%でしかない。
運よくハワイにたどり着き、定着することができた約270種が、現在見られるハワイの在来顕花植物に派生し進化した。そのためハワイの植物相は、世界の標準とは少し異なる。ランの仲間は被子植物ではもっとも種の数が多い科であるが、ハワイ在来のラン科の植物はわずか3種しかない。ヤシの仲間は、ハワイ語でロウル(loulu)と呼ばれる、Pritchardia属の固有種群があるのみである。スギやマツなどの針葉樹の仲間はひとつもない。
「A Guide to Hawaiʻi’s Costal Plants」(Michael Walther著、2004年)によると、約270種のうち、約1.4%は風によって運ばれ、約22.8%は海を浮遊して漂着したと考えられている【図2】。種子が海流に乗ってハワイに漂着して定着した植物の例として、ウィリウィリ(wiliwili、学名:Erythrina sandwicensis)、ハラ(hala、学名:Pandanus tectorius)、ポーフエフエ(pōhuehue、学名:Ipomoea pes-caprae)などが挙げられる。
残りの75.8%は、鳥によってはるばるハワイまで運ばれてきたと考えられている。ハワイは、多くの渡り鳥の越冬地や中継点である。大陸や他の島の植物の種子が、これらの渡り鳥や、何らかの理由で偶然ハワイにたどり着いた鳥の足の泥に混ざっていたり、羽にくっついたり、あるいは消化管の中に入っていたりして、ハワイに運ばれてきたのである。
ポリネシア人とカヌープラントの到来
長いあいだ在来植物に覆われていた無人の島ハワイだが、人間が住むようになってからその自然相は大きく変わることになる。
ハワイへの最初の定住民であるポリネシア人は、4~5世紀に、南方のマルキーズ諸島やソシエテ諸島からカヌーに乗ってハワイにやってきたと考えられている(年代には諸説ある)。彼らは、衣食住に必要ないくつかの植物をハワイに持ち込んだ。カロ(タロ)、ウル(パンノキ)、ニウ(ココヤシ)、コー(サトウキビ)、ククイ、キー(ティ)などである。これらの有用植物は、カヌーに乗ったポリネシア人によってハワイに持ち込まれたため、カヌープラント(canoe plants)と呼ばれる。どれもハワイの伝統文化を語るには欠かせない植物ばかりであり、ニウやキーのように、今日のハワイの景観を決定づける大きな要素になっている植物も多い。
彼らは農地を開き、彼らが持ち込んだ有用植物を植えた。屋根を葺く材料になるピリの草を育てるために、特にリーワード(貿易風の風下側の地域)の広大な面積の森を焼いた。ブタ、イヌ、ネズミも持ち込まれ、今日まで続く外来種の侵略の始まりとなった。
キャプテン・クックのハワイ到達以降
1778年にジェームス・クック(Captain James Cook、1728–1779)が、記録上は最初のヨーロッパ人としてハワイに到達して以降、ハワイの生態系は劇的に変化した。森の木は次々と切り倒され。ウシ、ウマ、ヤギ、ブタ、シカ、ヒツジなどの有蹄類(ゆうているい。ひづめを持つ哺乳類)が持ち込まれた。ブタは、ポリネシア人がプアア(puaʻa)と呼んでいた小型種がすでに持ち込まれていたが、新たにヨーロッパ産の大型種が持ち込まれた。それらのブタやヤギが野生化して草木を食い荒らし、外来植物の種を広げた。花粉を媒介する鳥や虫がいなくなり、そのため多くの植物も絶滅した。
「Flowers and Plants of Hawaiʻi」(Paul Wood著、2005年)によると、現在ハワイの土地全体の約50%が牧草地であり、約30%が農園と住宅地、残りの約20%が、森や平原などの自然環境であるという。そのわずかな自然環境も、外来の帰化植物に圧倒されていて、在来植物たちは追いやられている。ハワイの在来植物の約40%が、すでに絶滅したか、絶滅の危機に瀕している。アメリカ国内に生息する植物のなかで合衆国によって絶滅危惧種(「Threatened」もしくは「Endangered」)に指定されている種の数は、ハワイ州が最も多い。固有種王国ハワイは、残念ながら、絶滅危惧種の王国でもあるのだ。
クックのハワイ到達後の200年で、5,000種以上もの植物が、主にアジアやアメリカの熱帯地域からハワイに移入された。今日、ハワイの道端、庭、郊外の景色を形成する植物のほとんどがこれらの外来種である。ワイキキ(オアフ島)、カイルア・コナ(ハワイ島)、プリンスヴィル(カウアイ島)などのリゾート地に植えられている熱帯植物は、世界各地のトロピカルリゾート地で見られるそれと変わらない。
ハワイで人気があるプルメリアも、ピーカケも、シャワーツリーも、ティアレも、ヘリコニアも、ジンジャーも、ブーゲンビリアも、バードオブパラダイスも、リリコイも、モンキーポッドも、すべてこの200余年の間にハワイにやってきた新しい植物たちだ。ハワイは、在来植物のなかの固有種の比率が世界一高いいっぽう、外来植物の数が世界で最も多い場所でもある。
固有種王国であり、絶滅危惧種王国であり、外来種王国でもある——ハワイの植物相がいかに特殊なものであるか、これだけでもわかる。
写真はすべて筆者による撮影