ハワイ語

ハワイ州は虹の州

ワイルペの虹
レインボウ・ステート アメリカ合衆国50番目の州ハワイには、公式なアロハ・ステート(アロハの州)とは別に、レインボウ・ステート(虹の州)という愛称がある。その愛称の通り、ハワイでは頻繁に虹が発生する。朝方や夕方にパラっと軽い雨が降ったあと、すぐ晴れることが多く、こういうときには大抵、きれいな虹がかかる。ホノルルで普通に暮らしていると、多いときでは1週間に3度も4度も虹を見ることも珍しくない。 そういうことから、ハワイは虹にちなんだものがたくさんある。例えば、ヒルトン・ハワイアン・ビレッジには「レインボウ・タワー」と呼ばれる棟があり、その側面の大きな虹の壁画は、ホテルのシンボルとなっている。他にも、ハワイ州の車のナンバープレートには大きく虹が描かれているし、ハワイの主要な銀行のひとつファースト・ハワイアン・バンクのロゴマークも虹だ。ホノルル市が運営するバス「TheBus」の車体にも大きく虹がデザインされている。ハワイ島ヒロにあるの有名な滝に「レインボウ・フォールズ」というのがあり、ホノルルのカパフル通りにある有名なプレートランチの老舗の名は「レインボウ・ドライブ・イン」だ。ハワイで虹がいかになじみの深いものであるかわかるだろう。 ハワイの虹伝説 虹は、ハワイ語ではアーヌエヌエ(ānuenue)という。 ハワイの言い伝えでは、メネフネ(Menehune)という伝説上の小人族が、虹を作ったとされている。メネフネ達は、鳥の羽から赤色を、イリマという花からオレンジ色を、バナナから黄色を、シダの葉から緑を、海水から青を、そして女王のドレスから紫を集めた。それをカフナ(kahuna、祈祷、占い、儀式を司どる専門家)が混ぜ合わせて虹を作り出したという。つまりハワイでは、虹の色はアーチの外側から赤、オレンジ、黄、緑、青、紫の6色とされている。日本では青と紫の間に藍色を加えて7色とするのが一般的だ。 運がよければ「奇跡の虹」も 虹の外側にさらにもうひとつの大きな虹がある「ダブルレインボウ」もハワイでは普通に見られる。外側の虹は、色の並びが逆になるのが特徴。ダブルレインボーのその外側にさらにもう一つ虹があって3重になっている「トリプルレインボウ」が見られることもあるという。トリプルレインボウは「奇跡の虹」と言われるが、私はまだ見たことがない。 夕方のマーノア・バレーに架かるダブルレインボウ 虹のあるくらし 私は「ハワイdeバレーボール」というバレーボールサークルを主催していて、週末の夕方にダイヤモンドヘッドがきれいに見えるカピオラニ公園でバレーボールをやっている。バレーボール中に、ダイヤモンドヘッドをまたぐように大きな虹が出ることが多い。太陽が西に傾くにつれて徐々に色が変わっていくダイヤモンドヘッドと虹のコンビネーションは大変美しい。こんな素敵な環境で毎週バレーボールをできることをいつも幸せに思う。 写真はすべて筆者による撮影

アロハの意味とアロハ・スピリット

砂浜に書かれたアロハ
挨拶だけではない 最も有名なハワイ語の単語であり、日本人にも言葉そのものはよく知られているアロハ。ハワイの日常的な挨拶の言葉で、いわゆる「こんにちは」という意味や、別れのときに「さようなら」という意味で使われる。 ハワイの人々は、挨拶の他に、相手に対する愛や思いやりを表す場合にもアロハを使う。例えばレストランで「私たちは最上の材料を使い、アロハを込めて料理します」とメニューに書かれていたり、車のドライバーに向けた標語で「アロハの気持ちで運転しましょう」などと言ったりする。 アロハには、調和、謙遜、我慢などのニュアンスもあり、ただの挨拶の言葉ではなく、人や自然に対して常に優しさや愛おしみを持って暮らす生き方や精神を表す言葉だといえる。この精神はアロハ・スピリットと呼ばれていて、ハワイで生まれ育った人たちの心の中に深く根付いていると私はいつも感じる。 ハワイの優しいドライバーたち ハワイの暮らしのなかでアロハ・スピリットがよく言われるのは、車の運転についてである。 車を運転していて、小さな道から大通りに合流するときに、私が知る限り、アメリカ本土では大通りの車はなかなか間に入れてくれない。しかしハワイでは、多くのドライバーが親切に譲ってくれるのだ。このことは、ハワイの田舎で特に顕著である。ホノルルの街中では、観光客のレンタカーや、ハワイに来て間もない在住者の車やタクシーも多いため、運転者の「優しさ」はアメリカ本土とさほど変わらないかもしれない。 なお、入れてもらった場合には、手を上げて謝意を表すのがハワイでの通例で、これもアメリカ本土ではあまり見られない。このとき、親指と小指を立てた「シャカ」のサインを出す人も多い。 車の運転はほんの一例だが、ハワイの人たちの多くが、たとえ初対面の人に対してでも、まるで家族のような親しみをもって接してくれる。 ハワイ流「おもてなし」 先日、オアフ島で財布を落としたある男性の話が記事になっていた。 記事によると、男性が落とした財布は地元のある家族が拾った。家族は、親切にも財布の中の身分証明書に載っていた、何マイルも離れた住所まで届けたが、その住所はすでに古く、そこに男性は住んでいなかった。そこで家族は、男性が利用する銀行に行き、電話番号を照会した。しかし、その電話番号も古いもので、つながらなかった。家族はそれでもあきらめず、今度はグーグルで男性の名前を検索し、ようやく連絡が取れた。男性が家族をたずねると、家族は男性を歓待し、なんと夕食まで馳走してくれた。男性は、謝礼を渡そうとしたが、家族は頑なに拒んだという。 なんという素敵なアロハ・スピリットだろう。 いつも人の気持ちになって考え、人の痛みを自分の痛みとして感じ、また人の幸せを自分の幸せだと感じることができる優しさ。周りの人にも家族のような愛情をもって接する暖かいこころ。いたわり。これがアロハの精神だ。2020年東京オリンピック招致のプレゼンで流行語になった、日本の「おもてなし」の精神にやや近いものがあるだろうか。 私はホノルルに20年近く住んでいるが、上の話に似たようなエピソードを何度も聞いたことがある。そんなとき、カマアーイナ(在住者)たちはたいていこう言う。 「こんなことが起こるのはハワイだけだよ」 ハワイを訪れる多くの人がハワイに魅了される理由のひとつが、島じゅうにみちみちているアロハ・スピリットであることは間違いない。島の人たちのフレンドリーで暖かいアロハの精神に触れれば、ハワイへの愛情は一層深いものになるのだ。 ただし、ハワイのみんながみんなこのアロハの精神を持っているわけではないので、もちろん注意は必要だ。

レイの歴史

イリマとピーカケのレイ
古代のレイ 輪状のアクセサリーを首や頭につけるという行為の起源は、古代まで遡ると言われている。骨、歯、貝殻などで作られた古代人のネックレスが世界各地から発掘されているからだ。装飾のため、職業や階級を表すため、権力を誇示するため、愛する人から贈られたため、穢れを祓うため、運気を上げるためなど、身につける理由は様々だったろう。 「レイ」としてのちにハワイで成熟した文化は、アジア経由でポリネシアの島々を伝わっていったとされている。4~5世紀(年代には諸説あり)に南方のマルキーズ諸島やソシエテ諸島からハワイに最初にやってきて定住したとされるポリネシア人は、チャントや踊りなどの豊かな文化を持っていた。レイも彼らの文化の一つだった。万里の波濤をこえてたどりついた新しい土地ハワイでは、レイ作りに適した植物が生い茂り、花が咲き乱れ、カラフルな美しい鳥たちがたくさん住んでいた。ポリネシア人たちは喜んだに違いない。 古典フラを踊る女性。首には伝統的なマイレのレイ、手足にはククイのレイがつけられている | イラスト:崎津 鮠太郎 昔のハワイでは、レイのうちのいくつかは特定の踊り(フラ)や宗教的な儀式に関連したものだった。植物を使った最も初期のレイは、マイレ(maile)の葉と樹皮で作られたものや、ハラ(hala)の実を繋げてネックレスにしたものなどだった。他にも種子、木の実、木、動物の骨や歯、鳥の羽根、貝殻、人の髪の毛などからレイが作られた。 頭につけるものはレイ・ポオ(lei poʻo)、首につけるものはレイ・アーイー(lei ʻāʻī)、手首や足首につけるものはクーペエ(kūpeʻe)と呼ばれた。腕のいいレイ作りの職人は人々から尊敬されていた。 マッコウクジラの歯のレイ マッコウクジラの歯をフックの形に彫り刻んだものを、人の毛髪を使って堅く編んだ紐につけて首にかけるレイは、レイ・パラオア(lei palaoa)、またはレイ・二ホ・パラオア(lei niho palaoa)と呼ばれた。このもっとも崇高なレイは、位の高いアリイ(aliʻi、貴族)のシンボルであったという。 レイ・二ホ・パラオア | 写真:Pharos / Public Domain 鳥の羽根のレイ イイヴィ(ベニハワイミツスイ)| 写真:崎津 鮠太郎 鳥の羽根から作られるレイは、レイ・フル・マヌ(lei hulu manu)と呼ばれた。アリイたちは、自分の権力を誇示するためにさまざまな色や模様のレイ・フル・マヌを持つことを競い合った。そのため、羽根の価値が上がり、鳥を獲るための職業集団ポエ・カハイ・マヌ(poʻe kahai manu)が活躍した。 レイには、森に住む小型の鳥の羽根が主に使われた。黄色い羽根がもっとも価値があるとされ、赤色がそれに続いた。黒色と緑色はもっとも価値が低かった。マモ(mamo)の濃い黄色い羽根がもっとも価値が高かった。オーオー(ʻōʻō)の明るい黄色の羽根が次に価値が高かった。赤い羽根はイイヴィ(ʻiʻiwi)とアパパネ(ʻapapane)から取られた。マモとオーオーは、残念ながら絶滅してしまった。 貝殻のレイ 貝殻から作られるレイは、レイ・プープー(lei pūpū)と呼ばれた。ニイハウ島とカウアイ島で集められたカヘレラニ(kahelelani)やモミ(momi)という貝の殻で作られたレイは、レイ・プープー・オ・ニイハウ(lei pūpū o Niʻihau)と呼ばれ、特に珍重された。長さ約90cmの輪をひとつ作るのに200個以上の貝殻が使われ、レイにするためにはさらに数個の輪を必要とした。 ククイのレイ ククイの実 | 写真:崎津 鮠太郎 1778年に記録上はヨーロッパ人として最初にハワイにやってきたジェームス・クック(Captain James Cook、1728–1779)は、ハワイ人たちがククイ(kukui)の種子をつなげて作ったレイを身につけていたことを記録している。ククイはトウダイグサ科の高木で、古代ポリネシア人がハワイに持ち込んだ植物のひとつである。1959年より『ハワイ州の木』に指定されている。ハワイ人は、熟して木から落ちたククイの実を集め、種子を磨いて光沢のある美しいレイを作った。ククイのレイは、今日でも人気がある定番のレイである。 レイの衰退と復活 クックのハワイ到達以降は、欧米の近代文明とキリスト教がハワイに広がった。フラを踊ることなどのあらゆる伝統的な風俗や行事が制限された。このことは、当然レイ文化にも大きく影響し、ハワイ文化は衰退した。 文化だけではなく、自然への影響も大きかった。それまでハワイにはいなかった種類の害虫や植物が移入され、レイ作りに欠かせない花や鳥の多くが森から消えてしまった。 しかし、クックのハワイ到達から約100年後、ハワイ文化は大きく復興することになる。1874年、デイヴィッド・カラーカウア(David Kalākaua、1836–1891)がハワイ国王になった。メリーモナーク(Merrie Monarch、陽気な王)とも呼ばれたカラーカウアは、フラを始めとしたハワイ文化を大いに復活させた。王の客人の首には豪華な花のレイがかけられた。カラーカウア統治時代の人々は、男も女も毎日レイをつけて盛装した。 19世紀後半から20世紀の初め頃までは、船でハワイに到着したりハワイを出発する観光客一人一人にレイが贈呈された。ハワイを出発するときには、船がダイヤモンドヘッドの沖を通るあたりで客達がレイを海に投げるのがお決まりの儀式のようなものだったという。もしレイが岸に向かって流れていけば、またいつの日かハワイに戻ってくることができると言われていた。 今日、ハワイのレイ文化は歴史上もっとも栄えているだろう。フラのダンサー達は色とりどりの美しいレイを身につけて、人々を魅了する。フラは、今では日本でも大変人気があり、それに伴い日本でのレイメイキングの人気も高まりつつある。 もともとハワイになかった外来植物の花や葉も次々とレイの素材になっていった。さらには植物だけでなく、その他の新しい素材も積極的に使われ、ビーズ、リボン、布地のほか、紙幣、菓子、ゴルフボールなどからもレイが作られる。 アロハスピリットを形にしたもの 空港で、卒業式で、結婚式で、誕生会で、授賞式で、ルーアウ(lūaʻu、宴会)で、そして葬式で——ハワイで暮らしていると様々な場面でレイが登場し、重要な役割を担う。歓迎、送別、祝福、愛、友情、別れなど、それぞれの場面で「アロハ」の思いを込めて、ときには人にレイを贈り、ときには人からレイが贈られる。レイを人の首ににかけて渡すことは、相手に最大の親しみをこめて挨拶をすることであり、友情や愛情を形にして渡すことである。レイは、アロハスピリットの象徴なのである。 参考文献 Marie A. McDonald『Ka Lei: The Leis of Hawaii』Ku Paʻa Incorporated, Press Pacifica(1978年) Ronn Ronck『The Hawaiian Lei: A Traditional of Aloha』Mutual Publishing(1997年) Laurie Shimizu『Hawaiian Lei Making: Step-by-Step...

ホノルルの東西南北:ダイヤモンドヘッド・エヴァ・マカイ・マウカ

ホノルル式の東西南北
東西:ダイヤモンドヘッドとエヴァ ホノルルの人たち日常生活の中がよく使う、東西南北の独特な言い方がある。ダイヤモンドヘッド、エヴァ、マカイ、そしてマウカだ。これだけでピンと来た人はかなりのハワイ通だろう。 まず、「ダイヤモンドヘッド Diamond Head」と「エヴァ ʻEwa」で東と西を表す。これらは、ホノルル中心部にいる場合の地理的な位置関係である。ダイヤモンドヘッドは、言うまでもなくホノルルのランドマークであり、ワイキキ、アラモアナ、ダウンタウンなどにいる場合は東側に位置する。 エヴァは、オアフ島の西部にある地名である。有名なビーチ(ʻEwa Beach)があり、玉ねぎ(ʻEwa Sweet Onion)の名前にもなっているので聞いたことがある人も少なくないだろう。とはいえ、有名なダイヤモンドヘッドに対し、なぜ西の代表がエヴァなのだろう。 南北:マカイとマウカ 南は「マカイ Makai」、北は「マウカ Mauka」という言葉で表す。マカイには「海に向かって」という意味があり、マウカには「内地の」や「山に向かって」という意味がある。ホノルルでは、ほぼどこにいても北には山(コオラウ山脈)があり、南には海が広がっている。つまり山側か海側かで北か南かを表すことができるというわけだ。 例えば、アラモアナセンターの山側(北)はマウカ・サイド、海側(南)はマカイ・サイドと呼ばれているし、センターの海側にあるフードコートの名前は、マカイ・マーケットである。 ダイヤモンドヘッドとエヴァはホノルルでしか使えないが、マカイとマウカは、ホノルル以外の地域でも一般的に使われる。ただし、ホノルルでは山側が北で海側が南だが、この方角は当然場所によって変わってくる。例えば、マウイ島のカフルイでは、海がある北側がマカイであり、南側がマウカとなる。 ワイキキからアラワイ運河を挟んでマウカ(山側)を撮影。奥にはコオラウ山脈が連なる 東=ダイヤモンドヘッド、西=エヴァ、南=マカイ、北=マウカ——最初は覚えにくいかもしれないが、多くの地元の人たちは日常的に使っていて、例えば道案内をするときには「この道をマカイに進んで、交差点をエヴァの方に曲がる」などの言い方をする。 直感的でわかりやすい ホノルルにある程度長く暮らしているとこの感覚が染み付くし、慣れてくるとむしろ東西南北で言うよりも直感的でわかりやすい。ホノルル在住の日本人同士の会話でも、例えば「今クヒオ通りをダイヤモンドヘッドの方に向かっています」とか、「コンドミニアムには二つの棟がありますが、私の部屋は山側の棟です」などというふうに、ハワイ流の東西南北が使われることも多い。 写真は筆者による撮影

ハワイで見る南十字星

ハワイの南十字座イラスト
南の星座の代表格 時期にもよるが、ハワイでは、南十字星(みなみじゅうじ座)をきれいに見ることができる。88個ある星座のなかで最も小さい星座だ。小さいが、1等星が2つもあり明るくて目立つ。英語ではSouthern Cross(サザンクロス)という。 南半球ではもっとも代表的な星座のひとつである。オーストラリア、ニュージーランド、ブラジルなどの南半球の国の国旗にみなみじゅうじ座が描かれていることからも、シンボル的な星座であることがわかる。ニュージーランドでは2016年3月に国旗を変更するかどうかを決める国民投票が行われた。結果として国旗の変更は見送りになったが、最終候補に選ばれた、シダの葉を意匠した新国旗案にも、やはりみなみじゅうじ座が描かれていた。 南方にあるために、北緯25度より北では見ることができない。つまり日本からは沖縄や小笠原などの一部の地域を除いては見ることができないわけだが、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」で、銀河鉄道の終着駅として南十字(サザンクロス)が印象的に登場することもあり、日本でもよく知られている星座だろう。 アメリカで唯一、南十字星が見える州 ワイキキビーチから見える南十字星 北緯21度のホノルルでは、12月から7月まで、南の空の低い位置にみなみじゅうじ座を見ることができる。アメリカ合衆国内でみなみじゅうじ座が見られるのはハワイ州だけである。 ハワイ語では南十字星のことをハーナイアカマラマ(Hānaiakamalama)という。直訳すると「月に世話されている」という意味。古代ポリネシア人が航海をするときに、方角を知るための大切な星だったそうだ。 ハワイでは、5月から6月にかけて、時間的にもっとも気軽に見ることができる。明るい星座なので、街の灯りが多いワイキキのビーチからでもよく見える。旅行者も在住者も、ハワイで南十字星を見られるということを知らずに日本に帰ってしまう人が多いと思うが、12月から7月の間にハワイにいらっしゃる方は、ぜひ南の空で美しい南十字星を探してみてほしい。 南十字星が見える時間の目安(ホノルル) 12月1日:6時半頃(日の出は7時頃)1月1日:6時頃 2月1日:4時頃 3月1日:2時頃 4月1日:0時頃 5月1日:22時頃 6月1日:20時頃 7月1日:日没後(19時半ごろ) ハワイで南十字星を探すコツ 南十字星の一番上の星と一番下の星までの長さと、一番下の星と水平線までの距離がほぼ同じ。「W」の形をしたカシオペヤ座が出ているときは、南十字星は出ていない。南十字星が出始める時間には、オリオン座は西に低くある。南十字星の右の星と左の星を結び、向かって左に延長した先には、ケンタウルス座のアルファ星とベータ星というふたつの1等星がある。特にアルファ星は、全天でおおいぬ座のシリウスとりゅうこつ座のカノープスに次いで3番目に明るい星なので、見つけやすい。南十字星の右側の星は、十字を形作る4つの星のなかでもっとも暗い。南十字星の右側の星の左斜め下には、通称「えくぼ星」と呼ばれるオレンジ色のイプシロン星(4等星)がある。 ホノルルの夜景と南十字星。中央付近にケンタウルス座のアルファ星とベータ星も見える。左にうっすらと見える山陰はダイヤモンドヘッド 写真はすべて筆者による撮影

ハワイの地名:その他の地名

ダイヤモンドヘッドから見たワイキキ
ハワイの地名といえば…… 前回、前々回と、鳥にちなんだハワイの地名を調べてみたが、ハレイヴァなどの一部を地名を除いては一般的に知られていないものが多かった。今回は、鳥に関係なくもっとよく知られたハワイの地名をいくつか紹介したい。 ワイキキ、アラ・モアナ、カイルア、ラニカイ、ハナウマ——ハワイの地名といえばまずこれらを思い浮かべる人が多いだろう。これらの地名は、もちろんすべてハワイ語である。 ハワイ Hawaiʻi まずそもそも、ハワイとはどういう意味だろうか? ハワイは、諸島全体の名前であり、通称「ビッグアイランド」と呼ばれる、最大の島の名前でもある。正確な発音は「ハヴァイイ」であるが、すでにあまりにも広く知られている名前なので、ここでは通例通り「ハワイ」と表記する。この名は、ニュージーランドやマルケサス諸島北部(ハヴァイキ、Havaiki)、クック諸島(アヴァイキ、ʻAvaiki)、サモア(サヴァイイ、Savaiʻi)など、ポリネシアはでいくつかみられる。これらの地域では共通して「祖国」もしくは「黄泉(よみ)の国」の名前を指す言葉であるが、ハワイにはそういう意味はない。しかし語源が共通した言葉である可能性は高いであろう。また、ハワイの語源はハワイロア(Hawaiʻiloa)という人物の名前に由来するとも言われている。ハワイロアは、彼の家族と8人の航海員とともに最初にハワイに住み着いたとされる伝説上の人物である。 ハワイ島マウナ・ケアの夕日 以上のように、ハワイの語源は諸説あるが、そのほかの有名な地名は意味や由来が比較的わかりやすい。 ワイキキ Waikīkī ハワイ観光の中心地ワイキキは、「噴き出す水」という意味である。正確には「ワイキーキー」と伸ばして発音する。ワイキキ一帯は昔は湿地であり、アラワイ運河ができる以前はマキキ、パーロロ、マーノアから流れる川がワイキキを通って海に注いでいたという。 「噴き出す水」という意味があるワイキキ アラ・モアナ Ala Moana ハワイ最大のショッピングセンターがある、観光客にもおなじみの地名アラ・モアナは、直訳すると「海道」となる。 アラ・モアナを海側から望む カイルア Kailua オアフ島のウインドワードに位置する、お洒落な町として観光客にも人気があるカイルアは、「二つの海」という意味。ハワイ島のコナ、マウイ島のパーイアにも同じ名前の地名がある。 ラニカイ Lanikai そのカイルアにあるラニカイ地区は、以前はカオーハオ(Kaʻōhao)と呼ばれていた。1924年から開発が始まり、現在のラニカイに改名された。「天国の(ような)海」という意味だが、英語の「heavenly sea」を直訳してハワイ語にしたものと思われる。普通ハワイ語では修飾語は名詞の後にくるから、本来なら「カイラニ(Kailani)」とすべきところだろう。 カーネオヘ Kāneʻohe カイルアの西隣の町カーネオヘは、「竹男」という意味。昔この場所に住んでいた乱暴な男の妻が、夫を「竹(ohe)で作ったナイフのような男だ」と揶揄したという話が地名の由来だという。 関連記事 オヘ(バンブー) アヌヘア:ハワイの花・植物・野鳥図鑑 ハナウマ Hanauma 穏やかな湾内でのスノーケリングで人気があるハナウマは、「カーブした湾」や「腕相撲湾」などの意味が考えられるが、弧を描くような湾の地形から付けられた名前と考えるのがもっとも自然かと思える。なお、ハナ(hana)は湾という意味なので、ハナウマ湾や、ハナウマ・ベイというのは意味が重複していることになる。フラダンスが「フラ(=踊り)ダンス(=踊り)」となってしまうのと同じである。 穏やかなビーチが人気のハナウマは、「カーブした湾」という意味 以上、ハワイの有名な地名を紹介した。ハワイの地名は、日本やアメリカ本土と比べるとある程度は地名の意味や由来がわかっている。ハワイの行く先々で地名の意味を調べ、なぜその地名がついたのかさらに調べたり想像を膨らませたりするのも、ハワイの楽しみかたのひとつだと思う。 写真はすべて筆者による撮影 参考文献 Mary Kawena Pukui, Samuel H. Elbert『Hawaiian Dictionary (Revised and enlarged edition)』University of Hawaiʻi Press(1986年) Mary Kawena Pukui, Samuel H. Elbert, Esther T. Mookini『Place Names of Hawaii (Revised and expanded edition)』University of Hawaiʻi Press(1974年)

ハワイの地名:鳥名がつく地名

イヴァ(オオグンカンドリ)
前回の記事では、ハワイ語で鳥という意味の「manu」がつく地名を紹介した。今回は、いろいろな鳥の名前がつく地名を探してみる。地名というが、前回同様、山や川などの名前も含めて紹介する。 アエオ ʻAeʻo(セイタカシギ)の地名 アエオ(クロエリセイタカシギ) ククルアエオ Kukuluaeʻo ホノルルのケワロ港(Kewalo Basin)に面していた区画の名前。ククルアエオは、アエオの別名。現在の町の姿からは想像しがたいが、昔は沼地で、塩田や魚の養殖池などがあったそうだ。当然、アエオもたくさんすんでいたであろう。 アラエ ʻAlae(バン)の地名 アラエ・ウラ(バン) アラエ ʻAlae ハワイ島のホノムー(Honomū)と、マウイ島のクラ(Kula)にある地名。また、ハワイ島のキーラウエア・クレーター(Kīlauea Crater)近くにあるクレーターや、モロカイ島にあるの山の名前にもある。 アラエ・イキ ʻAlae Iki マウイ島のキーパフル(Kīpahulu)近くにある地名。直訳すると「小鷭」 アラエ・ヌイ ʻAlae Nui アラエ・イキの近くにある地名。直訳すると「大鷭」 アラエロア ʻAlaeloa マウイ島のホノルア(Honolua)にある地名。直訳すると「遠鷭」 アラエロア・ヌイ ʻAlaeloa Nui マウイ島のホノルア(Honolua)にある地名。直訳すると「遠小鷭」 ナーアラエ Nāʻalae マウイ島のプウオカリ(Puʻuokali)にある峡谷の名前。「nā」は結びつく名詞が複数の場合に使われる冠詞で、英語では通常「the」と訳される。 ワイアラエ Waiʻalae ホノルルのウィルへルミナ・ライズ(Wilhelmina Rise)とアーイナ・ハイナ(ʻĀina Haina)の間に位置する地区の名前。直訳すると「鷭水」となり、この場所の湧水にちなんだ名前だと伝えられている。ワイアラエのすぐ近くにあるダイヤモンドヘッドにも昔はバンがいたというから、ワイアラエにも昔は水辺があって、たくさんのバンがすんでいたのだろう。今の町並からは全く想像できない。 余談だが、カーハラ(Kāhala)とカイムキー(Kaimukī)を東西に走るその名もずばりワイアラエ通りに、「Mud Hen Water」という雰囲気のいいレストランがある。このMud Henとはバンのことで、つまり店の名前はワイアラエを英語にしたものである。 カイムキーのワイアラエ通りにあるレストラン Mud Hen Water は、ワイアラエを英語に直訳した名前である。 またワイアラエは、カウアイ島のワイメア(Waimea)にある川、滝、山の名前にもある。 アララー ʻAlalā(カラス)の地名 プウアララー Puʻuʻalalā ニイハウ島北東部にある丘の名前。標高64メートル。直訳すると「烏丘」 ワイアカアララー Waiakaʻalalā ハワイ島のカウー(Kaʻū)にある湧水の名前。直訳すると「烏による水」となる。湧水は、1907年の溶岩流のあとカラスによって見つけられたと伝えられている。 イヴァ ʻIwa(グンカンドリ)の地名 イヴァ(オオグンカンドリ) カイヴァ Kaʻiwa カウアイ島のハナレイ(Hanalei)にある川や、オアフ島のラニカイ(Lanikai)にある尾根の名前。尾根からはオオグンカンドリが飛んでいる姿が頻繁に見られる。「ka」は冠詞で、英語では通常「the」と訳される。 ナーイヴァ Nāʻiwa モロカイ島のカウナカカイ(Kaunakakai)にある地名。「nā」も、「ka」と同じような冠詞だが、結びつく名詞が複数の場合には「nā」が使われる。 ハレイヴァ Haleʻiwa 観光客にも人気がある、オアフ島ノースショアにある町の名前。直訳すると「グンカンドリの家」 イオ ʻIo(タカ)の地名 イオ(ハワイノスリ) プウイオ Puʻuʻio マウイ島にある丘の名前。標高866メートル。直訳すると「鷹丘」。イオは現在ハワイ島にしか生息していないが、化石から昔は他の島にも住んでいたことがわかっている。 イオラニ ʻIolani ハワイ王室の宮殿の名前。地名ではないが、有名なので紹介しておく。ラニ(lani)には「王室の」とか「高貴な」などの意味がある。宮殿については他のたくさんのウェブサイトやガイドブックに詳しく書いてあるので、興味がある方はそれらを参考にしてほしい。 ウアウ ʻUaʻu(ミズナギドリ)の地名 ウアウ・カニ(オナガミズナギドリ) プウウアウ Puʻuʻuaʻu オアフ島のアイエアにある丘の名前。標高505m。直訳すると「ミズナギドリ丘」 ウーリリ ʻŪlili(メリケンキアシシギ)の地名 ウーリリ(メリケンキアシシギ) ナイアカウーリリ Naʻiakaʻūlili ニイハウ島にある湧水の名前。「ウーリリが探した」という意味。この湧水がウーリリよって発見されたという言い伝えに由来するそうだ。 オーマオ Ōmaʻo(ツグミ)の地名 オーマオ(ハワイツグミ) オーマオピオ Ōmaʻopio マウイ島のマーケナ(Mākena)にある地名。直訳すると「さえずる鶫」 コアエ Koaʻe(ネッタイチョウ)の地名 コアエ・ケア(シラオネッタイチョウ) コアエ Koaʻe ハワイ島のマクウ(Makuʻu)にある地名。 コアエケア Koaʻekea マウイ島ハーナ(Hāna)にある地名。ハワイ島ハーマークア(Hāmākua)にある崖の名前にもある。コアエケアとは、シラオネッタイチョウのこと。ケア(kea)は白という意味。その名の通り、尾羽が白い。尾羽が赤いアカオネッタイチョウもいるが、こちらはコアエウラと呼ばれる。ウラ(ʻula)は赤という意味。 パリコアエ Palikoaʻe ニイハウ島の北東部にある地名。直訳すると「ネッタイチョウ崖」 プウコアエ Puʻukoaʻe モロカイ島、マウイ島、ハワイ島にそれぞれある丘や、カホオラヴェ島の南にある小島の名前。直訳すると「ネッタイチョウ丘」 レレコアエ Lelekoaʻe モロカイ島北部の地名。直訳すると「ネッタイチョウの戦い」 コーレア Kōlea(チドリ)の地名 コーレア(ムナグロ) アカニコーレア Akanikōlea ハワイ島のキーラウエア・クレーター(Kīlauea Crater)近くにある地名。直訳すると「千鳥鳴き」 コーレアリイリイ Kōlealiʻiliʻi オアフ島のワイアナエ・バレー(Waiʻanae Valley)にある丘の名前。標高382メートル。直訳すると「小千鳥」 パパコーレア Papakōlea ハワイ島南部、アメリカ合衆国最南端のサウス・ポイント(Ka Lae)近くにある浜。グリーンサンドビーチとも呼ばれる。世界に4箇所しかないという珍しい緑色の砂で有名。また、オアフ島ホノルルのパウオア(Pauoa)にある、ネイティブハワイアンの住居コミュニティの名前としても知られる。直訳すると「千鳥平地」 コロア...

ハワイの地名:manu(鳥)がつく地名

ネーネー(ハワイガン)
ハワイの古い地名 鳥たちが古くより人との関わりが深いのは、日本もハワイも同じである。 日本には「鳥」がつく地名や、ツル、タカ、カモ、ウ、ハト、スズメなどの鳥に関連すると考えられる地名が数えきれないほどある。同じようにハワイの地名にも——山、谷、川、湾、滝などの名称も含めて——やはり鳥の名前がたくさん出てくる。 日本の場合、漢字が当て字であったり、縁起のよい字や雅びた字に変えられていたりして、たとえ地名に鳥の名前が入っていても、それが必ずしも鳥に由来するわけではない。鳥にちなんだものに限らず、日本の古い地名の由来の多くは、すでに歴史の彼方に消えてしまったといえるだろう。 一方、太平洋の真ん中に浮かぶハワイ諸島の古い地名は、他言語の影響を受けていないうえ、ハワイ語が音声学的に単純な言語であることもあり、ある程度は由来がわかっている。ハワイで暮らす人々の間では、地名の意味や由来が比較的よく認知されている。 そんなハワイで、鳥に関連する地名にはどういうものがあるだろうか。まずは、ずばり「鳥」がつく地名を探してみる。鳥はハワイ語で「manu」という。 アーフイマヌ ʻĀhuimanu オアフ島カーネオヘ(Kāneʻohe)にある住宅地の名前。近くには平等院がある。直訳すると「鳥群」。近くにその名も「鳥島」のモクマヌ(Mokumanu)という小島があることからもわかるように、今日でもカツオドリなどの海鳥が多く生息する地域である。ちなみに、この町の通りの多くは、フイ・イオ(Hui ʻIo)、フイ・イヴァ(Hui ʻIwa)、フイ・ウーリリ(Hui ʻŪlili)、フイ・アキキキ(Hui ʻAkikiki)、フイ・アーケパ(Hui ʻĀkepa)のように、Hui(群れ)+鳥の名前が付けられている。 アーリアマヌ Āliamanu ホノルル市の西側にあるソルトレイク界隈の別名で、もともとは近くにあるクレーター(Āliamanu Crater)の名前。アーリア(ālia)には「塩で覆われた場所」や「塩辛い」などの意味がある。火山の女神ペレ(Pele)が、家族とともにこの地で暮らしていたことがあると伝えられている。伝承では、彼女らがこの地を離れるときに、ペレの妹のヒイアカ(Hiʻiaka)が飼っていた鳥が逃げ出し、他の鳥たちが集まってきたという。 カホールアマヌ Kahōluamanu カウアイ島ワイメア・バレーの最も高い崖の名前。「カ(ka)」は冠詞で、英語では通常「the」と訳される。「ホールア(hōlua)」とは、ハワイの伝統的なソリを使ったソリ遊びのこと。名前の由来が気になる。 ハレマヌ Halemanu カウアイ島のハレマヌ・ストリーム(Halemanu Stream)という川の名前。「ハレ(hale)」は家という意味。日本風の名前にするなら「鳥ノ巣川」といったところか。いかにも鳥たちが元気にさえずる川辺の風景を彷彿する。しかし、私は実際にこの川を何度かトレッキングで渡ったことがあるが、鳥の気配すら感じたことがない。カウアイ島の森の野鳥は、特に2010年頃から急速に減少しているように思うが、昔はこの渓流一帯にもエレパイオやハワイミツスイたちがたくさんすんでいたのだろう。カウアイ島の森に再び鳥たちが戻ってくる日は来るのだろうか。 マヌアヒ Manuahi ハワイ島コナのカウープーレフ(Kaʻūpūlehu)の古い地名や、カウアイ島の谷と川の名前、さらにモロカイ島北部の尾根の名前にもある。「アヒ(ahi)」は火という意味。ハワイの火の鳥伝説といえば、人間に火をもたらしたといわれるアラエ・ウラ(バン)があるが、なにか関係あるのだろうか。いつかそれぞれの場所に行って地勢や鳥相を見てみたいものである。 その他の「鳥」がつく地名 カフルオマヌ(Kahuluomanu、直訳「鳥の羽根」)、オアフ島。 カライアカマヌ(Kalaʻiakamanu、直訳「鳥がもたらした平和」)、モロカイ島。 ハアクラマヌ(Haʻakulamanu、直訳「鳥が集まる場所のような」)、ハワイ島。 カマヌ(Kamanu、山の名前。直訳「鳥」)、カウアイ島。 カマヌワイ(Kamanuwai、直訳「水鳥」)、オアフ島。 カヌクオカマヌ(Kanukuokamanu、直訳「鳥のくちばし」)、ハワイ島。 ケアーカマヌ(Keākamanu、丘の名前。直訳「鳥の雑音」)、マウイ島。 ルアマヌ(Luamanu、クレーターの名前。直訳「鳥穴」)、ハワイ島。 マヌホノホノ(Manuhonohono、丘の名前。直訳「臭い鳥」)、カウアイ島。 プウカマヌ(Puʻukamanu、丘の名前。直訳「鳥丘」)、カウアイ島。 プウマヌ(Puʻumanu、丘の名前。直訳「鳥丘」)、カウアイ島、ラーナイ島、ハワイ島。 ワイマヌ(Waimanu、直訳「鳥水」)、ハワイ島、カウアイ島、モロカイ島(滝の名前)。 以上、「鳥」がつく地名を探してみた。 カウアイ島、ラーナイ島、ハワイ島にそれぞれあるプウマヌ(鳥丘)には現在どんな鳥がすんでいるのか、いつの日かそれぞれ訪ねてみたいものだ。カライアカマヌ(鳥がもたらした平和)や、ケアーカマヌ(鳥の雑音)などは、なにかの伝承にもとづいた名前なのだろうか。由来が気になる。 ネーネー、アラエ、イヴァなどの鳥名がつく地名は、次の記事で紹介したい。 写真は筆者による撮影 参考文献 Mary Kawena Pukui, Samuel H. Elbert『Hawaiian Dictionary (Revised and enlarged edition)』University of Hawaiʻi Press(1986年)Mary Kawena Pukui, Samuel H. Elbert, Esther T. Mookini『Place Names of Hawaii (Revised and expanded edition)』University of Hawaiʻi Press(1974年)

ラハイナヌーン:太陽が真上にくる日(2024年日程あり)

北回帰線よりも南に位置するハワイ 地球上で南北の回帰線の間にある熱帯地域のみ、太陽が天頂を通過する。冬至のときに太陽が真上にくる地点をつなげたのが南回帰線、夏至のときに太陽が真上にくる地点をつなげたのが北回帰線だ。 ハワイの主要8島は北回帰線よりも南に位置するので、太陽が真上にくる日が年に2回ある。日本やアメリカ合衆国本土では見られないない現象だ。この現象は、ハワイではラハイナ・ヌーン(Lahaina Noon)と呼ばれている。 春と夏のラハイナヌーン 太陽が真上にくる地点は、冬至を境に南回帰線から徐々に北上するわけだが、ハワイでは5月後半にその年最初のラハイナヌーンがくる。太陽が真上にくる地点はハワイを過ぎてさらに北上し、夏至の日(6月22日ごろ)にハワイよりやや北にある北回帰線に到達すると、今度は南下を始め、ハワイでは7月半ば頃に2度目のラハイナヌーンを迎えることになる。 5月の1回目のラハイナヌーンは「Spring Lahaina Noon(春のラハイナヌーン)」と呼ばれ、7月の2回目のラハイナヌーンは「Summer Lahaina Noon(夏のラハイナヌーン)」と呼ばれる。 ラハイナヌーンの日は、ハワイ州内でも緯度によって異なる。太陽が真上にくる地点が北上していく春のラハイナヌーンは、2024年のホノルルでは5月27日だが、例えばホノルルより南にあるヒロ(ハワイ島)ではそれより9日早い5月18日であり、ホノルルより北にあるリーフエ(カウアイ島)では、5月30日にラハイナヌーンを迎える。逆に太陽が真上にくる地点が南下していく夏のラハイナヌーンは、この3都市でいうとリーフエ(7月10日)、ホノルル(7月15日)、ヒロ(7月23日)の順でやってくることになる。 2024年春のラハイナヌーン ヒロ(ハワイ島):5月18日(土)午後12時16分 カフルイ(マウイ島):5月25日(土)午後12時22分 ホノルル(オアフ島):5月27日(月)午後12時28分 リーフエ(カウアイ島):5月30日(木)午後12時35分 2024年夏のラハイナヌーン リーフエ(カウアイ島):7月10日(水)午後12時43分 ホノルル(オアフ島):7月15日(月)午後12時37分 カフルイ(マウイ島):7月17日(水)午後12時32分 ヒロ(ハワイ島):7月23日(火)午後12時26分 参照:https://www.bishopmuseum.org/lahaina-noon/ 灼熱の太陽が最高点に達する昼 ラハイナヌーンという名前は、1990年にホノルルのビショップ博物館によって行われたコンテストで選ばれた名前である。ハワイ語で「la」(正確には「lā」)は太陽のことで、「haina」(正確には「hainā」)には「過酷な」や「残酷な」という意味がある。「noon」は正午や最高点という意味の英語で、つまりラハイナヌーンとは「灼熱の太陽が最高点に達する昼」という意味である。 影が体の中に宿る時間 自然の観察に長けていたことで知られる古代ハワイ人が、年に二度起こるこの現象を知っていたのかどうか調べてみたが、わからなかった。1990年にわざわざラハイナヌーンを新語として造ったということは、この現象をさすハワイ語はなかったかと思われる。 ただし、毎日の正午のことを表すフレーズとして「カウカラーイカロロ、アホイケアカイケキノ(kau ka lā i ka lolo, a hoʻi ke aka i ke kino)」というのがある。まるでなにかの呪文のようにも聞こえるが、「太陽が頭の上にあり、影が体の中に宿る時間」という意味になる。ハワイ人は、太陽が最も高い位置に来る正午を、マナが宿るスピリチュアルな時間だと考えていたようである。 マウイ島のラハイナ 現在は観光地として人気があるラハイナ ラハイナといえば、1820年から1845年までハワイの首都だった、マウイ島のラハイナ(Lahaina)という町を思い浮かべる人も多いだろう。この地名は古くは「Lāhainā(ラーハイナー)」と発音されていたそうで、直訳すると「残酷な太陽」となる。干ばつが地名の由来であると考えられている。 ラハイナヌーンの時間に、平らな地面で例えばペットボトルを立ててみると、太陽が真上にあるので当然影がない。5月末や7月半ばにハワイにいる方は、この年に2度の珍しい現象を体験できる。 2016年5月26日のラハイナヌーン時に撮影。太陽が真上にあるため、コーンの影がない 写真はすべて筆者による撮影